NARUTOの九尾(九喇嘛)と妖狐伝説、玉藻前と那須の殺生石
『NARUTO』の九尾と同じ姿を持つ妖狐、九尾の狐。古代中国の神獣から玉藻前伝説、2022年に割れた那須の殺生石まで、フィクションの外で語り継がれてきた九尾の歴史をたどります。
尾が九本ある狐の妖怪、九尾の狐。いまでは『NARUTO -ナルト-』で主人公・ナルトの中に封印された魔獣、九喇嘛の姿を思い浮かべる人が世界中にいることでしょう。
作中の九尾は尾獣と呼ばれる架空の存在。それでも九本の尾を持つ狐という妖怪や伝説そのものは、古代中国の書物から江戸の読み物まで、東アジアで長く語り継がれてきました。
めでたいとされていた神獣は、いつからか国を傾ける妖婦になります。伝説の果てに残った殺生石は、なぜ2022年に世界のニュースになったのか。
NARUTOに登場する九喇嘛の元ネタになったと思われる、九尾の狐の足取りをたどります。
NARUTOの九尾・九喇嘛とは
『NARUTO -ナルト-』は岸本斉史による忍者漫画。週刊少年ジャンプで1999年から2014年まで連載され、アニメとあわせて世界中に読者を持つ作品になりました。
主人公・うずまきナルトの体内には、里を襲った巨大な魔獣が封印されていることが作中で明かされます。それが九尾なのです。
九尾は尾獣と呼ばれる九体の魔獣の一体です。尾の数は一体ごとに違い、九本の尾を持つ最強格が九尾。その本当の名前は九喇嘛(くらま)といいます。
生まれた直後のナルトに封印され、長く憎まれ恐れられながら、物語の後半では相棒と呼び合う関係になります。この展開はファンの心を打つ”エモい”展開なわけです。
作品公式サイトのキャラクターデータベースでは、九喇嘛を架空の魔獣として説明するだけで、妖狐の伝承には触れていません。しかし「今更敢えて言う必要がない」ほど、日本に根付いた伝承であるとも言えます。
さて、ここからは九尾の狐について実際の伝承に触れていきます。
神獣から妖婦へ、九尾の狐の系譜
九尾の狐の最古の記録は、古代中国の地理書『山海経』にあります。青丘という土地に、姿は狐で尾が九本、赤ん坊のような声で鳴く獣がすむ。人を食うが、その肉を食べた人は悪い気にとりつかれない。そんな不思議な獣として書かれています。
初めは神獣だった
意外なことに、当初は縁起のいい獣でした。漢の時代の書物『白虎通』では、君主の徳が行き届いた世にだけ現れる神獣として、鳳凰や麒麟と並べられています。平安時代の日本の法令集『延喜式』にも、九尾の狐を神獣とする記載が残っています。
人を惑わせる絶世の美女・妲己
評判が反転するきっかけは殷の妲己です。暴君紂王を惑わせた伝説の美女の正体は、九尾の狐だった。明の時代の小説『封神演義』などがこの筋書きを広めてから、九尾の狐は国を傾ける妖婦の代名詞になりました。
同じ系譜の妖狐は、朝鮮半島のクミホをはじめ東アジア各地に伝わっています。
そして日本には、彼女のイメージを丸ごと引き継いだ妖狐がいます。
玉藻前伝説、鳥羽上皇を魅了した狐
舞台は平安時代の末、京の都です。鳥羽上皇のそばに、玉藻前という若い女性が仕えていました。並外れて美しく、どんな問いにも答えてしまうほど博識で、たちまち上皇の寵愛を受けます。
暴かれる正体
やがて上皇が原因不明の病に倒れます。占いに立った陰陽師の安倍泰成が見抜いた正体は、人に化けた妖狐でした。
暴かれた玉藻前は御所を飛び出し、下野国の那須野、いまの栃木県那須町のあたりへ逃げのびます。
討たれてもなお恐ろしい存在
朝廷は東国の武士に討伐を命じました。狐は一度は追っ手を退けたものの、犬を追う訓練で腕を上げた軍勢に、ついに射止められます。この特訓が犬追物という騎射競技の起源になったとも伝わる話です。
物語はここで終わりません。死んだ狐は巨大な毒石に姿を変え、近づく人や鳥獣が次々に命を落としたといいます。人々はその石を、殺生石と呼びました。
「九尾の狐」になったのは江戸時代から
じつは、初期の玉藻前の物語に九尾の狐は出てきません。古い文献に描かれた尾は二本です。九尾とされるのは江戸時代から。19世紀初めの読み物『絵本三国妖婦伝』などが中国の妲己と玉藻前を同じ狐の変身譚としてつなぎ、この設定が定着しました。
伝説は舞台にもなりました。能の『殺生石』では、玄翁という僧の前に女が現れて石の由来を語り、正体である狐の霊が調伏を受け入れて消えていきます。歌舞伎や浄瑠璃でも、玉藻前は繰り返し演じられてきた題材です。
九喇嘛との共通点
九尾の狐の伝承は作中の九喇嘛とは異なる性質ではありますが、強い力を持った存在という点は彼と共通しています。
これは日本人としての私の感覚ですが、九尾の狐というものは、とにかく神聖で、妖しくて、畏怖を感じる存在なのです。
那須に実在する殺生石
先程話に出した「殺生石」は現在も訪れることができます。場所は栃木県那須町の那須湯本温泉(および那須湯泉神社)。硫黄のにおいが漂う賽の河原と呼ばれる谷あいに、注連縄の掛かった大岩が横たわっています。
伝説の毒気は作り話ではありません。周辺では硫化水素などの火山ガスが実際に噴き出していて、濃度が上がると立ち入りが規制されます。
これが生き物の命を奪う岩の正体。このように大昔の言い伝えが、現代の化学で説明されるといい意味でグッときてしまいます。
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日本の有名な詩人
1689年には松尾芭蕉もここを訪れています。『おくのほそ道』には「石の毒気いまだほろびず」と記され、蜂や蝶が砂の色も見えないほど重なって死んでいた様子が続きます。
この一帯は2014年、国の名勝「おくのほそ道の風景地」の一つに指定されました。
和尚が法力で殺生石を砕いた!?
石を打ち砕いた僧の伝説もあります。1385年、玄翁和尚が法力で殺生石を砕き、飛び散ったかけらが各地に同じ名の石を残したという物語です。石を割る大きな金槌をげんのうと呼ぶのは、この和尚の名にちなむという説があります。
2022年、本当に割れてしまった

割れた殺生石
その殺生石が2022年3月、本当に割れてしまいました。原因は凍結などによる自然現象とみられています。それでも真っ二つになった巨石の写真は世界中のニュースやSNSに流れ、九尾の狐が目を覚ましたのではないかと騒がれました。
割れた石は運び出されず、その場で祀られています。遊歩道から間近に眺められますが、毒気はいまも消えていません。
2022年12月には、ガスのたまった窪地でイノシシ8頭が死んでいるのが見つかりました。観光で訪れたとしても、絶対に近づいてはいけません。
九尾の狐と稲荷の狐は同じ?

お稲荷様と九尾の狐 / AIによるイメージ
基本的に一般的な神社の「稲荷」と「九尾」は別ものです。神社で見かける狐の像は、稲荷神の使いをつとめる霊獣で、豊作や商売繁盛と結びついた縁起のいい存在。九尾の狐のような妖狐とは異なります。
同じ狐でも、稲荷の狐は敬われ、妖狐は恐れられてきました。海外の紹介記事ではこの二つがひとくくりにされがちですが、日本で狐の像に手を合わせる人は、九尾の狐を拝んでいるわけではないのです。
ただし例外として、先ほど話に出た「殺生石」のある那須湯泉神社や、玉藻稲荷神社では九尾の狐を祀っています。この2社がそうと断じるわけではありませんが、日本の各地には悪霊や邪悪なものを祀り、鎮める信仰が存在します。
九尾の物語をもっとたどるために
アニメで見慣れたのと同じ、九本の尾を持つ狐という形には、神獣から妖婦へ、そして一つの石へと続く長い変遷がありました。ファンが作品の舞台を巡る聖地巡礼と同じ感覚で、伝説の地である那須高原へ足を延ばせば、割れた殺生石を自分の目で確かめられます。
妖怪や怪奇現象そのものをもっと知りたい人には、『ダンダダン』に登場する怪異を扱った記事もあります。
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