
長崎県
Nagasaki
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長崎県の概要
長崎県の見どころは、江戸時代の異文化交流の痕跡から、近代産業遺産、そして平和への祈りまで、多層的な歴史を物語っています。懐かしいようで新しい風景、苦難を経た希望の物語が、訪れる人の心に響きます。
平和公園と長崎原爆資料館

爆心地付近に立つ平和公園には、北村西望作の平和祈念像がそびえています。高さ9.7メートルのブロンズ像は、片腕は平和を、もう片腕は原爆の脅威を表現しており、訪れる人々に静かに問いかけ続けています。2019年にリニューアル展示された原爆資料館では、戦禍の歴史と平和への願いが、映像や遺品を通じて丁寧に伝えられています。
グラバー園と出島

南山手の丘に広がるグラバー園には、重要文化財に指定された旧グラバー住宅をはじめとする洋館群が立ち並んでいます。異国情緒あふれる建築の中を歩めば、江戸時代の長崎が、いかに外の世界と繋がっていたかが身近に感じられます。一方、港に浮かぶ出島は1636年築造の人工島で、現在も復元整備が進んでいます。オランダとの交易拠点として、当時の日本人がこの島にどのような思いで出入りしていたのか、その歴史の重みを感じられる場所です。
軍艦島

長崎港から沖合約18.5キロメートル、海上に浮かぶ軍艦島(端島)は、1890年から1974年まで炭鉱として栄えた島です。ピーク時には5,000人を超える人口を抱え、高層アパートや学校、映画館など、陸地の暮らしがぎゅっと詰まっていました。1974年の閉山後、人々は静かに島を去り、今は当時の面影を留める遺構が時間の経過を物語っています。上陸ツアーに参加すれば、産業遺産として2015年に世界遺産登録されたその価値を、自分の目で確かめることができます。
稲佐山の夜景

標高333メートルの稲佐山からは、長崎市街地の夜景が一望できます。世界新三大夜景に認定されたこの景色は、湾に沿って広がる無数の光が、まるで宝石をちりばめたような美しさです。ロープウェイで約5分で山頂に到着し、昼間の風景とは異なる、幻想的な長崎の顔を見ることができます。
位置
長崎県の場所
長崎県は九州地方の北西部に位置し、佐賀県と隣接しています。東シナ海に面し、対馬、壱岐、五島列島など971の島々を有する日本有数の島嶼県です。朝鮮半島や中国大陸にも近く、古くから海外文化の玄関口として栄えてきました。
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Access
長崎県へのアクセス
長崎空港は東京の羽田空港から約2時間で結ばれており、国内各地から気軽に訪れることができます。空港からは路線バスで長崎市内まで約45分。大阪からは飛行機で約1時間15分と、さらに近いアクセスが可能です。
2022年9月に開業した西九州新幹線が、長崎へのアクセスを大きく広げました。武雄温泉駅から長崎駅までは約30分で結ばれており、博多方面からは在来線特急リレーかもめで武雄温泉まで行き、そこで乗り換えるルートが便利です。東京からは新幹線と在来線、西九州新幹線を乗り継いで、約6時間半で到着します。
長崎市内は4路線の路面電車が走っており、運賃が均一で150円と手頃です。一日乗車券は500円で、観光地を効率よく巡るのに重宝します。佐世保や島原方面へはJRと路線バスでアクセスできます。
離島への移動
五島列島へは長崎港からフェリーで向かいます。壱岐や対馬へは博多港からのフェリーまたは飛行機が便利です。各島との交通は季節や天気に左右されることもあるため、事前の確認がおすすめです。
訪問の季節について
梅雨の時期である6月から7月は降雨が多いため、移動に時間がかかる場合があります。夏から秋にかけては台風の影響を受けやすく、特に離島へのアクセスが制限される場合があります。春と秋が訪問に適した季節です。
地元自慢
特産品
長崎県は、南北に長い独特の地形が生み出す豊かな農水産物に恵まれています。暖流の影響を受けた海域は魚種の豊富さで知られ、マグロやあじなどの漁獲量は全国トップクラス。平坦地が限られるため、中山間地域では土地の傾斜を活かした野菜や果物の栽培が行われており、特に初夏のびわは全国の食卓を支えています。
江戸時代から続く陶磁器産業は現在も県の重要な地場産業で、伝統的な技法と現代的なデザインの両立が特徴です。洋食の伝統がもたらした菓子や麺文化も、この県ならではの食の景色をつくっています。
食べ物
工芸品・その他
Through the ages
長崎県の歴史
長崎県は、江戸時代から日本の国際交易の中心地として独特の立場にありました。1636年に出島が築造され、1641年にはオランダ商館が移転してきました。以来218年間、この小さな人工島を通じて、日本はヨーロッパの知識や文化と向き合い、世界への開かれた窓を保ち続けたのです。
16世紀半ばのザビエルによるキリスト教布教から始まった信仰は、1637年の島原の乱を機に禁止され、長らく弾圧の対象となりました。しかし山間部や離島で信仰は密かに受け継がれ、江戸時代を通じて潜伏キリシタンが信仰を守り続けます。2018年、この「潜伏キリシタン関連遺産」は世界文化遺産に登録され、苦難の中で信仰を守った人々の歴史が世界に認められました。
明治時代、長崎は日本の産業革命をけん引する地となります。造船をはじめとした重工業が発展し、やがてその実績は「明治日本の産業革命遺産」として2015年に世界遺産登録されました。しかし1945年8月9日、すべてが一変します。原爆投下により、1945年の終戦までに約7万4千人が亡くなり、浦上天主堂を含む多くの建造物が失われました。戦後、長崎は平和の発信地として歩むことを決め、今も平和への祈りが静かに続いています。