品川神社
Shinagawa Shrine
品川神社について
京急線の新馬場駅を降りると、目の前に急な石段がそびえています。品川神社は、1187年に源頼朝が海の守り神を祀ったことに始まる、800年を超える歴史を持つ神社です。東京十社のひとつに数えられ、龍を彫り込んだ鳥居、都内最大級の富士塚、金運を呼ぶとされる泉など、小さな境内に見どころが詰まっています。東海七福神の大黒天を祀る神社でもあります。
頼朝が祈った海の守り神

文治3年(1187年)、源頼朝は現在の千葉県南部にあたる安房国の洲崎神社から天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)を迎え、品川の地に社を建てました。海上交通の安全を守る神として、江戸湾を行き交う船を見守る存在だったのです。1319年には稲荷神が、1478年には武将の太田道灘が厄除けの神を祀り、3柱の神を祭神とする現在の形が整いました。
慶長5年(1600年)、天下分け目の関ヶ原の戦いに臨む徳川家康がこの神社に参拝し、勝利の後に面具と神輿を奉納しています。明治に入ると、天皇が直接祭祀を命じる特別な神社に定められました。1975年には東京十社のひとつに選ばれ、今もこの地域の鎮守として親しまれています。
双龍鳥居と品川富士

石段の入り口に立つのが、左に昇龍、右に降龍を彫り込んだ双龍鳥居です。1925年に石工の高橋安五郎が製作したもので、東京に3つしかない龍の彫刻がある鳥居のひとつ。参拝者をまず迎えるのが、この迫力ある彫刻です。

石段を上がった境内の奥には、高さ約15メートルの富士塚がそびえます。富士塚とは、富士山への参拝が難しい人のために築かれた小さな富士山のこと。明治初期に品川の富士信仰グループ約300名が富士山の溶岩を積み上げて造ったもので、1合目から9合目まで合目石が刻まれています。品川区指定の有形民俗文化財で、年間を通じて誰でも登ることができます。
一粒萬倍の泉と例大祭

境内にある阿那稲荷神社は、上社と下社に分かれています。下社の洞窟のような空間に湧くのが「一粒萬倍の泉」。一粒の籾が万倍の稲穂に実るという言い伝えにちなんだ名前で、硬貨や紙幣を泉の水に浸すと金運が高まるとされています。商売繁盛を願う参拝者が絶えません。
毎年6月には例大祭が行われます。見どころは、龍笛と大太鼓で奏する太太神楽(だいだいかぐら)。1570年代に始まったとされるこの神楽は、東京都指定の無形民俗文化財です。神輿があの急な石段を上がっていく光景も、この祭りならではの迫力ある場面でしょう。
〒140-0001 東京都品川区北品川3丁目7−15
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