神社

赤坂氷川神社

Akasaka Hikawa Shrine

赤坂氷川神社
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赤坂氷川神社について

赤坂の緑豊かな高台に、約300年前の社殿がそのまま残る神社があります。赤坂氷川神社は951年の創建から1000年を超える歴史を持ち、享保15年(1730年)に徳川吉宗が造営した社殿が関東大震災も東京大空襲も奇蹟的に免れました。東京を代表する10の神社として選ばれた東京十社の一つであり、縁結びの神社としても親しまれています。

吉宗が建てた社殿がそのまま残る

Traditional Japanese temple building with red and black accents and a green roof, surrounded by trees.

天暦5年(951年)、ある僧侶が夢のお告げを受け、一ツ木村に社を建てたのが赤坂氷川神社の始まりです。一ツ木村は現在の赤坂4丁目付近にあたります。祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)と、その妻である奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、そして国づくりの神として知られる大己貴命(おおなむちのみこと)の三柱です。

大きな転機は享保15年(1730年)に訪れました。8代将軍・徳川吉宗の命で、現在地への遷座が実現したのです。造営の総責任者を務めたのは、将軍に次ぐ幕府の要職にあった老中の水野忠之。社殿はヒノキ材で組まれ、銅板の屋根に朱塗りの柱が映える端正な姿で、東京都の重要文化財に指定されています。

それ以来、この社殿は無傷のまま今に至ります。1855年の安政の大地震、関東大震災、東京大空襲と幾度もの大災害を奇蹟的に免れ、約300年前の姿をそのまま保っています。参拝前に手を清める手水舎や、神事で舞を奉納する神楽殿は空襲で焼失しましたが、本殿は守り抜かれました。1975年には東京十社の一つに選ばれています。

大イチョウと四合稲荷

A massive ginkgo tree with a gnarled trunk and green leaves stands beside a playground with a slide.

境内で神聖な木として祀られている御神木は、推定樹齢400年を超える大イチョウです。幹周は約7.5メートル。港区天然記念物に指定されており、港区内でも有数の巨樹です。社殿の遷座より前から、この地に根を張っていました。

東京大空襲では幹の大部分を焼損しています。それでも毎年11月下旬になると鮮やかに黄葉し、境内を金色に染めます。

Mossy stone fox statue wearing a red bib.

社殿から参道を下ると、四合稲荷があります。明治31年(1898年)、近隣にあった4つの稲荷社を一つにまとめて祀ったもので、名づけ親は勝海舟です。四つ合わせが「しあわせ(幸せ)」になるという語呂合わせ。勝海舟は幕末から明治にかけて活躍した政治家で、安政6年(1859年)に赤坂に屋敷を構え、晩年まで氷川神社のすぐ近くで暮らしました。

縁結びと江戸の山車

Colorful patterned fabric balls hanging from a green branch.

さくらんぼ結び

祭神のうち、素盞嗚尊と奇稲田姫命は夫婦の神です。大己貴命もさまざまな縁を結んで国づくりを成し遂げた神とされています。こうした背景から、赤坂氷川神社は縁結びの神社として信仰を集めてきました。

毎月1回、定員30名の良縁祈願祭「縁むすび参り」が行われます。男女の縁だけでなく、友人との絆や仕事の縁、子宝の恵みなど、さまざまな縁を結ぶとされており、すぐに満席になる人気行事です。授与される藍の種(愛の種)と四合御櫛(しあわせみくし)は、この神社ならではの品。

年に一度の例大祭は毎年9月15日。赤坂氷川祭と呼ばれるこの祭りでは、江戸時代の形式を受け継いだ山車が街を練り歩きます。2007年に約80年ぶりに復活し、2016年にはおよそ100年ぶりに神社の神輿との連合巡行が実現しました。山車の上部には人形が据えられ、江戸城の門をくぐれるよう人形が上下に動くカラクリが仕込まれています。かつて将軍が行列を見物する際に城門を通る必要があったための工夫です。

住所

〒107-0052 東京都港区赤坂6丁目10−12

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