
中央区 (大阪)
Chuo (Osaka)
中央区 (大阪)周辺の楽しみ方
中央区は大阪のなかでも、観光と歴史が分厚く重なるエリアです。難波・心斎橋・道頓堀を含む「ミナミ」の繁華街、上町台地に残る大阪城と難波宮跡、堺筋から船場へ続く商人町の街区。それぞれが地下鉄で数分の距離にあり、半日もあれば大阪の主要な顔を歩いて回れます。御堂筋のイチョウ並木や黒門市場の活気を含めて、大阪のイメージを代表するような区です。
中央区 (大阪)の見どころ
中央区 (大阪)はどこ?
アクセス
大阪の主要ターミナルから中央区中心部へは、地下鉄や直通電車で行ける場所が多くあります。新大阪駅からは大阪メトロ御堂筋線で心斎橋駅まで約11分、なんば駅まで約13分。関西国際空港からは南海電鉄でなんば駅まで特急ラピートで約34分、空港急行で約44分が便利です。伊丹空港からはリムジンバスがOCAT(なんば)まで直行し、所要時間は約25〜30分ほど。
区内の移動は、地下鉄が中心になります。御堂筋線・谷町線・四つ橋線・千日前線・堺筋線・長堀鶴見緑地線・中央線の7路線が中央区内で交差し、心斎橋・なんば・本町・天満橋などの主要駅で乗り換えながらほとんどの目的地に出られる設計です。心斎橋・道頓堀・難波の三エリアは、徒歩でも10分前後で歩いて行き来できる距離。地上の景色を眺めながら歩けるのも、このエリアならではの楽しみ方です。
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中央区 (大阪)について
中央区を歩く楽しみは、わずか数百メートルの間に違う時代の大阪に出会えることです。江戸時代から続く商家の通り、明治の繁華街、戦後のネオン、再開発の高層ビル。それぞれが現役の街として並んで動いている様子は、ガイドブックの写真よりも歩いて感じる方がよく伝わります。
大阪城公園 上町台地に建つ天下の城

大阪城は中央区の北東、上町台地の北端に建っています。現在の天守閣は1931年に市民の寄付で再建された3代目で、外観は5層8階、内部は鉄筋コンクリート造。豊臣秀吉が1583年に築いた初代天守は1615年の大坂夏の陣で焼け、徳川幕府が再建した2代目も1665年の落雷で失われました。今の天守は再々建にあたります。

公園の広さは約106ヘクタール、東京ドームでいえば約23個分の広さ。本丸の堀や広場の桜、西の丸庭園のソメイヨシノなど、季節ごとに表情が変わります。例年3月下旬から4月上旬が桜の見ごろです。天守閣の上からは難波宮跡やミナミの繁華街までを一望でき、上町台地が大阪平野の中で高台にあることが体感できる場所でもあります。
道頓堀 ミナミを代表するネオン街

道頓堀は中央区の南、道頓堀川沿いに東西に伸びる繁華街です。江戸時代の初期、安井道頓らが私財を投じて川を開削したことが街の始まり。江戸期には歌舞伎や人形浄瑠璃の芝居小屋が並び、明治以降は飲食街として発展しました。

街のシンボルとして知られるのが、両手を上げてゴールするランナーをかたどった「グリコサイン」。1935年に初代が設置され、現在の看板は6代目にあたるLED式で、2014年に切り替わりました。川沿いの遊歩道「とんぼりリバーウォーク」からは、ネオンが水面に映る夜の景色が眺められます。たこ焼き、お好み焼き、串かつといった大阪の粉もの文化を、店頭の屋台や食べ歩きで気軽に試せるのもこのエリアの魅力です。
黒門市場 大阪の台所と呼ばれる商店街

道頓堀から南へ歩いて数分、日本橋エリアにあるのが黒門市場です。総延長は約580メートルのアーケード商店街で、150を超える店舗が連なります。江戸時代後期にはすでに魚市場として機能しており、戦後は「ミナミの台所」として家庭と料理人の双方に食材を供給してきました。
近年は外国人観光客の来訪が増え、店先で握りたての寿司や焼きたての鰻、季節のフルーツを切り売りする店が目立ちます。ふぐ料理を扱う店も多く、巨大なふぐの提灯が通路の上で揺れる景色が中央通りの目印。観光ガイドにあまり載らない裏通りに、地元の主婦が普段使いする青果店や乾物屋が現役で残っているのも見どころです。
法善寺横丁 路地に染みついた祈りと夜

道頓堀の南側に並行して走る、わずか80メートルほどの石畳の路地が法善寺横丁。小料理店・バー・和食店が向かい合わせに並ぶ細い通りです。狭い路地ながら、奥には法善寺と「水掛不動」と呼ばれる不動明王の石像が祀られており、参拝者が柄杓で水をかけながら願いごとをするのが昔からの風習です。

像の表面は長い年月のあいだに水と苔に覆われ、原型がわからないほど。織田作之助の小説『夫婦善哉』の舞台としても知られ、明治時代から続くぜんざい店「夫婦善哉」が今も営業しています。ビルの隙間に、戦前の盛り場の空気を保っている希少な一角です。
難波宮跡 飛鳥・奈良時代の宮殿があった場所

大阪城の南側、上町台地の上に広がる芝生の広場が難波宮跡です。7世紀の前期難波宮(孝徳天皇の時代)と、8世紀の後期難波宮(聖武天皇の時代)という、約100年隔てた二つの宮殿が同じ場所に重ねて建てられた、日本でも珍しい都の遺跡。1953年から続く発掘調査で大極殿の基壇など主要な建物の跡が発見され、現在は国の史跡に指定されています。

地上には基壇の輪郭が復元されているだけで、観光地らしい派手さはありません。それでも、京都・奈良に並ぶ古代日本の都が大阪にもあったという事実は、上町台地の歴史の厚みを伝えてくれます。隣接する大阪歴史博物館(同じく中央区)では難波宮の展示が見られるので、合わせて訪れるのが理解の早道です。
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