
岡山県
Okayama
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岡山県の概要
岡山県は晴天に恵まれた穏やかな気候のもと、歴史ある庭園や城、白壁の街並みなど見どころの多い県です。瀬戸内海の穏やかな風景から山あいの赤い町並みまで、表情の幅が広いことも魅力のひとつ。
岡山後楽園と岡山城
岡山後楽園は、金沢の兼六園、水戸の偕楽園とともに日本三名園に数えられる大名庭園です。面積は約14.4ヘクタール。広々とした芝生、池、茶畑、梅林などが配された回遊式の庭園で、四季折々に異なる風景を楽しめます。春は桜と新緑、夏には蓮の花、秋は紅葉、冬は雪化粧と、季節ごとの表情の変化が見事です。
隣接する岡山城は、宇喜多秀家が16世紀末に築いた城で、黒い外壁から「烏城」の別名で呼ばれています。天守は2022年に大規模な改修を終え、内部の展示もリニューアルされました。後楽園と岡山城は旭川を挟んで向かい合っており、庭園から川越しに望む天守の姿は岡山を象徴する風景のひとつです。
倉敷美観地区
倉敷川沿いに白壁の蔵屋敷となまこ壁の建物が並ぶ、風情ある町並みが広がるエリアです。江戸時代に天領(幕府直轄地)として栄えた倉敷は、物資の集散地として発展しました。当時の商家や蔵が今もそのまま残り、国の伝統的建造物群保存地区に選定されています。
このエリアのなかでひときわ存在感を放つのが、1930年に開館した大原美術館です。日本初の私立西洋美術館として設立され、エル・グレコの「受胎告知」やモネの「睡蓮」など、世界的に名高い作品を収蔵しています。倉敷川のほとりに立つギリシャ神殿風の建物は、美観地区の景観に独特のアクセントを添えています。
瀬戸大橋と瀬戸内海
1988年に開通した瀬戸大橋は、岡山県倉敷市と香川県坂出市を結ぶ連絡橋です。橋梁部の総延長は約9.4キロメートル。道路と鉄道が通る併用橋としては世界最長の規模を誇り、6つの橋が島づたいに連なるスケールの大きさに圧倒されます。
橋のたもとにある鷲羽山展望台からは、瀬戸内海に浮かぶ島々と橋の全景を一望できます。とくに夕暮れ時、オレンジ色に染まる海と橋のシルエットは格別の眺め。瀬戸内海の穏やかな多島美は、岡山の自然が見せるもっとも印象的な風景かもしれません。
吹屋ふるさと村
高梁市の山あい、標高約550メートルに位置する吹屋は、建物のすべてがベンガラ色で統一された独特の町並みが残る集落です。ベンガラとは酸化鉄を原料とする赤い顔料のことで、江戸時代中期に吹屋で日本初の量産が始まりました。防虫・防腐効果があるこの顔料を外壁や格子に塗り重ねた家々が、山の緑のなかに赤い帯のように連なっています。
2020年には「ジャパンレッド発祥の地」として日本遺産に認定されました。旧片山家住宅やベンガラ館、銅山の笹畝坑道など見学できる施設もあり、ベンガラの型染め体験も楽しめます。観光地として整備されすぎていない素朴な雰囲気が残っており、静かに歩いて回りたい場所です。
位置
岡山県の場所
岡山県は中国地方の南東部に位置し、県庁所在地は岡山市です。2025年4月時点で約182万人が暮らしており、中国地方では広島県に次ぐ人口規模を持っています。
南側は瀬戸内海に面し、北側には中国山地が連なるため、県の地形は南北で大きく表情を変えます。瀬戸内海沿岸には温暖な平野が広がり、北部の山間部では冬に積雪が見られることも。南部の年間降水量は全国的に見ても少なく、晴れの日が多いことから「晴れの国おかやま」の愛称で親しまれています。
瀬戸大橋を通じて四国の香川県とも結ばれており、本州と四国をつなぐ交通の要所としての顔も持つ県です。
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Access
岡山県へのアクセス
岡山空港(岡山桃太郎空港)には東京の羽田空港から約1時間15分のフライトで到着できます。空港から岡山駅西口まではリムジンバスで約30分、運賃は780円です。
新幹線を利用する場合、東京駅から岡山駅まではのぞみで約3時間15分。新大阪駅からなら約45分と、関西方面からのアクセスも良好です。岡山駅は山陽新幹線と在来線が交わるターミナル駅で、四国方面への乗り換えにも便利な立地となっています。
岡山市内の移動には、岡山駅前から出ている路面電車が使いやすいでしょう。岡山電気軌道が東山線と清輝橋線の2路線を運行しており、運賃は全線一律160円。後楽園や岡山城方面へ向かうときに重宝します。
倉敷へはJR山陽本線で岡山駅から約15分。県内の主要な観光地へは路線バスや観光周遊バスが運行されているほか、タクシーを活用するのもひとつの方法です。
地元自慢
特産品
温暖で日照時間の長い瀬戸内側の気候は、果物の栽培に適しています。岡山県は「フルーツ王国」と呼ばれるほど果樹栽培が盛んで、とりわけブドウや桃の生産量は全国でもトップクラスです。
瀬戸内海では多様な魚介類が水揚げされ、古くから地域の食卓を支えてきました。北部の中国山地側では畜産も営まれ、冷涼な気候を活かした和牛の飼育に長い歴史があります。
工芸の面では、釉薬を使わず土と炎だけで焼き上げる伝統的な陶器が全国に知られており、千年を超える窯の歴史が今も受け継がれています。い草を用いた手工芸品も、県南部の特産として根強い人気を保っています。
食べ物
工芸品・その他
Through the ages
岡山県の歴史
古代の岡山は「吉備国」と呼ばれ、大和・筑紫・出雲と並ぶ有力な勢力圏でした。その力を物語るのが、全国第4位の規模を誇る造山古墳です。墳丘長約350メートルにおよぶこの前方後円墳は、強大な地域権力の存在を今に伝えています。7世紀末、朝廷は吉備国を備前・備中・備後に分割し、さらに713年に備前から美作国が分かれました。吉備の勢力を抑えるための措置だったとも考えられています。奈良時代に都で活躍した学者の吉備真備や、政治家の和気清麻呂もこの地の出身です。
戦国時代になると、宇喜多直家が岡山の地に城下町を築き始めました。その子・秀家は豊臣秀吉の五大老に名を連ねるほどの有力大名となり、旭川のほとりに本格的な近世城郭としての岡山城を完成させます。黒い外壁から「烏城」とも呼ばれたこの城は、岡山のまちの原型を形づくりました。しかし関ヶ原の戦いで西軍についた秀家は敗れ、八丈島へ流されることに。その後、池田家が藩主として入り、江戸時代を通じて岡山藩を治めました。
池田家の統治下で岡山は大きく発展します。とりわけ2代藩主・池田綱政は1687年に庭園の造営を命じ、14年の歳月をかけて1700年に後楽園を完成させました。現在は日本三名園のひとつに数えられるこの庭園は、元禄文化の粋を今に伝える存在です。明治の廃藩置県を経て、備前・備中の大部分と美作が合わさり、現在の岡山県が誕生しました。