
富山県
Toyama
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富山県の概要
3,000メートル級の山々と深い海が隣り合う富山県は、自然のスケールがとにかく大きい県です。世界遺産の合掌造り集落や、アルプスを貫く山岳ルートなど、ここでしか出会えない景色が待っています。歴史ある伝統行事や職人の技にも触れられる、奥行きのある旅先です。
立山黒部アルペンルート

北アルプスを貫く全長37.2キロメートルの山岳観光ルートで、標高差は1,975メートル。ケーブルカーやロープウェイなど6つの乗り物を乗り継ぎながら、3,000メートル級の峰々を間近に眺める旅ができます。最高地点の室堂平は標高2,450メートルに位置し、4月の開通直後には高さ20メートル近い雪の壁「雪の大谷」が出現。除雪によって切り開かれた道の両側にそびえる白い壁の間を歩く体験は、毎年多くの旅行者を集めています。
ルートの途中にある黒部ダムは堤の高さ186メートルで日本一。6月下旬から10月中旬に行われる観光放水では、毎秒10トン以上の水が轟音とともに放たれ、水しぶきに虹がかかることも珍しくありません。営業期間は例年4月中旬から11月末まで。
五箇山合掌造り集落

南砺市の山間にある相倉集落と菅沼集落は、1995年にユネスコの世界遺産に登録されました。急勾配の茅葺き屋根を両手を合わせた形に組む「合掌造り」は、豪雪に耐えるために生まれた建築様式です。相倉集落には20棟の合掌造り家屋が残り、今も住民が暮らしている生きた集落という点が大きな魅力でしょう。
冬にはライトアップイベントが開催され、雪に覆われた茅葺き屋根が暖かな光に浮かび上がる幻想的な光景が見られます。岐阜県の白川郷と比べると観光客が少なく、静かに集落の雰囲気を味わえるのも五箇山ならではのところ。
おわら風の盆
毎年9月1日から3日にかけて、富山市八尾町で行われる300年以上の歴史を持つ伝統行事です。編み笠を深くかぶった踊り手たちが、胡弓と三味線の調べに合わせてゆったりと町を流していく姿は、日本の祭りの中でも独特の静けさと美しさがあります。坂の多い町並みにぼんぼりの灯りが連なり、夜が更けるほどに情緒が深まっていくのがこの祭りの真骨頂。3日間で約20万人が訪れる人気の行事ですが、踊りそのものは派手な掛け声や激しい動きとは無縁で、秋の訪れを静かに告げる風情が漂います。
高岡の鋳物と職人の町並み

高岡市は400年以上続く銅器づくりの町で、国内の銅器生産の9割以上を担っています。金屋町の石畳の通りには鋳物工房が並び、鋳造の実演を見学できる施設もあります。高岡大仏は地元の銅器職人たちが30年近くかけて完成させた高さ約16メートルの青銅製の大仏で、奈良、鎌倉と並んで「日本三大仏」に数えられることも。
金屋町から少し足を延ばすと、国宝の瑞龍寺があります。加賀藩2代藩主の前田利長の菩提寺として建立されたこの禅寺は、山門、仏殿、法堂が一直線に並ぶ左右対称の建物配置が見事で、江戸初期の建築美を堪能できる場所です。
位置
富山県の場所
富山県は中部地方の北陸に位置し、日本海に面しています。県庁所在地は富山市で、2024年10月時点の人口は約100万人。面積は約4,248平方キロメートルで、全国33位です。
北には富山湾が広がり、南には3,000メートル級の立山連峰がそびえる、海と山に挟まれた地形が特徴。県の中央部には豊かな水に恵まれた富山平野が広がっています。富山湾は水深が沿岸から急に深くなる珍しい構造をしていて、多くの魚が集まる豊かな漁場として知られてきました。
気候は日本海側の特徴がはっきり出ていて、冬は北西からの季節風が大量の雪を運びます。山間部は日本でも有数の豪雪地帯で、標高2,450メートルの室堂平では積雪が20メートルを超えることも。一方、夏はフェーン現象の影響で気温が上がりやすく、蒸し暑い日が続くことがあります。四季の移り変わりがはっきりしていて、春のチューリップ畑から冬の雪景色まで、季節ごとに表情を変える県です。
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Access
富山県へのアクセス
東京から富山へは、北陸新幹線「かがやき」に乗れば約2時間で富山駅に到着します。大阪方面からは特急「サンダーバード」で敦賀駅まで行き、北陸新幹線「つるぎ」に乗り換えて合計約2時間半ほど。名古屋からは特急「ひだ」で約3時間半かけて高山本線を北上するルートもあり、車窓から渓谷の風景が楽しめるでしょう。
飛行機を利用する場合、羽田空港から富山きときと空港まで約1時間のフライト。空港から富山駅までは路線バスで約25分とコンパクトな距離です。
富山駅は県内交通の中心で、あいの風とやま鉄道、富山地方鉄道、路面電車が集まっています。富山市内の移動には路面電車が便利で、富山駅を起点に市街地の主要スポットをカバーしています。立山黒部アルペンルートへは富山地方鉄道で立山駅へ、五箇山方面へはJR城端線と路線バスを乗り継いで向かうのが一般的なルート。富山は「鉄軌道王国」と呼ばれるほど鉄道網が充実しているので、主要な観光地には公共交通で回れるところが多いのも旅行者にはうれしい点です。
冬場は山間部を中心に積雪が多くなるため、バスの運行ダイヤが変わったり、一部の観光ルートが閉鎖されたりすることがあります。立山黒部アルペンルートは例年4月中旬から11月末までの季節営業なので、訪問時期にはご注意ください。
地元自慢
特産品
北に富山湾、南に立山連峰という地形から、富山県は海の幸と山の恵みの両方に恵まれてきました。富山湾は「天然のいけす」と呼ばれるほど魚種が豊富で、約500種もの魚介が水揚げされます。冬の寒ブリや透き通った小エビなど、季節ごとに旬の味覚が楽しめるのが特徴です。
平野部では立山連峰の雪解け水を活かした稲作が盛んで、良質な米の産地として知られています。砺波平野を中心にチューリップの球根栽培も全国トップクラスの生産量を誇り、米どころの印象にとどまらない産地としての顔も持っています。また、江戸時代から続く薬業や、銅器をはじめとする金属加工の技術も、富山の産業を長く支えてきました。
食べ物
工芸品・その他
Through the ages
富山県の歴史
古代、現在の富山県にあたる地域は「越中国」と呼ばれていました。もともと北陸一帯は「越の国」というひとつのまとまりでしたが、7世紀末に越前・越中・越後の三国に分かれ、さらに757年に能登国が越中から分離して、ほぼ今の県域と同じかたちになっています。奈良時代には歌人の大伴家持が越中国の国守として赴任し、この地の風景や暮らしを詠んだ歌を数多く残しました。万葉集に収められた家持の歌は、古代の越中の姿を今に伝える貴重な記録です。
戦国時代には越中をめぐって武将たちの激しい争いが繰り広げられ、最終的に佐々成政がこの地をほぼ統一しました。しかし成政は豊臣秀吉との戦いに敗れ、越中は前田家の領地に。江戸時代に入ると越中の大部分は加賀藩の領地となりましたが、1639年に前田利次が富山藩10万石を分藩し、富山城を構えています。富山藩は2代目藩主の正甫の時代に薬業を奨励し、「越中富山の薬売り」として全国に知られるようになりました。薬を先に届けて使った分だけ後から代金を受け取る「先用後利」という商売の仕組みは、信用を大切にする富山の気質を象徴するエピソードとして語り継がれています。
明治政府が藩を廃止して県を置く廃藩置県では、いったん富山藩領が富山県に、加賀藩領が金沢県の一部になりましたが、その後、越中全域が石川県に編入されてしまいます。これに納得しなかった住民たちが分県運動を起こし、1883年に改めて富山県が誕生しました。近代以降は水力発電を活かした工業が発展し、薬業と並ぶ産業の柱に。立山連峰の豊富な水資源は、黒部ダムの建設にもつながり、戦後の日本の高度成長を支える電力を生み出しました。
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