
香川県
Kagawa
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香川県の概要
歴史を刻んだ庭園、現代アートが息づく島、1,000段を超える石段の参道、穏やかな瀬戸内海に浮かぶ島々。香川県は小さな県土の中に、それぞれ異なる個性を持った見どころが凝縮された土地です。
栗林公園

国の特別名勝に指定された回遊式大名庭園で、文化財庭園としては日本最大の面積を誇ります。6つの池と13の築山、約1,400本の松が約75ヘクタールの空間に広がり、松平家が100年以上をかけて仕上げた庭園です。一歩進むたびに異なる景色が現れることから「一歩一景」と称されてきました。南湖では和船に乗り、水面の高さから庭園を眺める体験もできます。
直島

瀬戸内海に浮かぶ直島は、現代アートの島として国内外から注目を集めています。草間彌生の黄色い南瓜は島のシンボル。安藤忠雄が設計した地中美術館は建物の大半が地下に埋められ、クロード・モネ、ジェームズ・タレル、ウォルター・デ・マリアの3作家だけが展示されています。3年に1度開催される瀬戸内国際芸術祭では、島全体がアートの舞台に変わります。
金刀比羅宮

「こんぴらさん」の愛称で親しまれる金刀比羅宮は、海上安全の守り神として古くから信仰を集めてきた神社です。本宮まで785段、奥社まで1,368段。石段を一段ずつ上るうちに、瀬戸内海を見渡す眺望が開けていきます。参道沿いには土産物店やうどん店が並び、江戸時代から続くにぎわいが今もこの道に残っています。
小豆島

瀬戸内海で2番目に大きな島、小豆島。日本三大渓谷美のひとつに数えられる寒霞渓は紅葉の名所として知られ、干潮時にだけ姿を現すエンジェルロードは砂の道が海の上に浮かぶ幻想的な光景です。オリーブ栽培の発祥地でもあり、醤油蔵が集まる醤の郷では木桶に仕込まれた醤油の香りが路地に漂っています。
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位置
香川県の場所
香川県は四国の北東部に位置し、瀬戸内海に面しています。県庁所在地は高松市。全国でもっとも面積が小さい都道府県ながら、北は瀬戸内海、南は讃岐山脈に囲まれ、豊かな地形と温暖な気候に恵まれた土地です。讃岐平野には約1万4,000個のため池があり、水面が空を映す独特の風景が広がります。
年間を通じて降水量が少なく、瀬戸内海式気候のもとで温暖に過ごせる土地柄。古くから農業や水産業の発展を支え、県民の暮らしに深く根ざしてきた気候です。2025年時点の人口は約91万人で、近年は減少傾向にあります。
降水量の少なさは恵みであると同時に課題でもあり、古くから水の確保に工夫を重ねてきた歴史があります。灌漑技術の発展とともに、この地は食料生産の一翼を担ってきました。
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Access
香川県へのアクセス
東京からのアクセスは飛行機が便利です。羽田から高松空港まで約1時間30分で、1日約13便が運航されています。空港からJR高松駅まではリムジンバスで約40分。鉄道を利用する場合は、東海道新幹線で岡山まで約3時間20分、そこから快速マリンライナーに乗り換えて高松まで約1時間、合計で約4時間30分のルートが一般的です。
大阪や神戸からなら、新幹線で岡山まで約50分、マリンライナーで高松まで約1時間、合計約2時間で到着します。マリンライナーは瀬戸大橋を渡るため、車窓から瀬戸内海の島々を眺められるのも楽しみのひとつ。
東京からは夜行バスも選択肢のひとつで、約10時間で到着します。大阪や神戸からの高速バスも多数運行されているため、予算やスケジュールに応じた選び方ができるでしょう。
県内の移動はJR四国やことでん(高松琴平電気鉄道)、路線バスが中心です。小豆島や直島などの島へはフェリーや高速船で渡ります。
地元自慢
特産品
温暖で日照時間の長い気候が、香川県の農業と食文化を形作ってきました。穀物の栽培が盛んで、讃岐平野で育まれた良質な穀物は県を代表する郷土料理の基盤となっています。瀬戸内海の穏やかな海域で育つ水産物や、温暖な気候を活かした果樹栽培の伝統も根づいています。
伝統工芸品にも見どころがあります。江戸時代から受け継がれた漆器やうちわは今も職人の手で丁寧に作られ、砂糖づくりの技法も古くから伝わっています。独特の製造過程を経た高級砂糖は、全国の菓子職人に愛用される逸品です。
食べ物
工芸品・その他
Through the ages
香川県の歴史
香川県は古く「讃岐国」と呼ばれ、律令制のもとで成立した地域です。この地の歴史に欠かせない存在が、774年に善通寺市で生まれた弘法大師・空海でしょう。真言宗を開いた高僧として知られる空海は、故郷に満濃池を築いたとされ、日本最大級の農業用ため池として今も地域の水を支え続けています。
1587年、生駒親正が讃岐一国を拝領し、高松城を築きました。1640年にお家騒動で生駒家が改易されると、1642年に水戸徳川家出身の松平頼重が入封。松平家は幕末まで約230年間この地を治め、初代頼重から5代・頼恭にかけて100年以上をかけて栗林公園を完成させました。この庭園は今も、当時の文化の厚みを伝えています。
うどん文化が根づいた背景には、地形と気候の恵みがあります。空海が唐から製麺技術を持ち帰ったという伝説が残り、讃岐平野の小麦、瀬戸内の塩、いりこだしの文化が混ざり合うことで独特の食文化が生まれました。1871年の廃藩置県では、県庁所在地・高松の旧郡名「香川郡」から県名がつけられています。