
徳島県
Tokushima
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徳島県の概要
世界的に知られる渦潮の迫力、山深い秘境に揺れるかずら橋、原寸大の西洋名画が並ぶ美術館、そして400年踊り継がれてきた阿波踊り。徳島県は、自然と文化がそれぞれ際立った個性を持ちながら共存する土地です。
鳴門の渦潮

鳴門海峡で発生する渦潮は、イタリアのメッシーナ海峡、カナダのセイモア海峡と並ぶ世界三大潮流のひとつです。大潮時には潮の流れが時速20kmを超え、渦の直径は最大20〜30mに達します。世界的に見ても最大級の規模で、春と秋の大潮時がもっとも迫力のある時期。
観潮船に乗れば、渦潮を間近で体験できます。高い場所から見たいなら、大鳴門橋の遊歩道「渦の道」がよいでしょう。海面から45m上のガラス床を歩きながら、足元で巻く渦潮を見下ろす体験は、ほかではなかなか味わえません。
祖谷のかずら橋

三好市の祖谷渓にかかる、シラクチカズラで編まれた吊り橋です。長さ約45m、幅約2m。国指定重要有形民俗文化財で、3年ごとに架け替えが行われています。源平合戦に敗れた平家の落人が、追っ手から逃れるためにいつでも切り落とせるよう植物で作ったという伝説が残る橋です。
祖谷は1000m級の山々に囲まれ、日本三大秘境のひとつに数えられています。近くには落差約50mの琵琶の滝があり、平家の落人が都を偸んで琵琶を奏でたと語り継がれてきました。でこまわしと呼ばれる祖谷こんにゃくや石豆腐の田楽串焼きなど、この地ならではの郷土料理も味わえます。
大塚国際美術館
鳴門市にある、世界でも類を見ない陶板名画の美術館です。世界26カ国の西洋名画1000点以上を、特殊な陶板技術で原寸大に再現して展示しています。地下3階・地上2階の建物は延床面積29,412㎡で、私立美術館として日本最大の広さ。
館内に足を踏み入れると、まずシスティーナ・ホールの壮大な壁画が目に飛び込んできます。レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」は修復前と修復後を並べて展示しており、色彩の変化を同時に見比べられるのは世界的にもまれな体験です。入館料3,300円は日本の美術館としては最高額ですが、それだけの密度がこの空間には詰まっています。
阿波踊り

毎年8月12〜15日、徳島市の街が踊り一色に染まります。約400年の歴史を持つ阿波踊りは、日本三大盆踊りのひとつで、国内最大規模の踊りの祭典です。
1587年の徳島城落成を祝って踊ったという説、盆踊りを土台に民衆芸能が混ざり合って発展したという説など、その起源にはいくつかの伝承があります。夏の開催時期以外でも、徳島市内の阿波おどり会館では通年で踊りの鑑賞や体験ができます。三味線と太鼓、鉢の音に合わせて踊る高揚感は、見るだけでも伝わってくるものがあるでしょう。
位置
徳島県の場所
四国の東部に位置する徳島県は、近畿地方と四国を結ぶ地点にあります。県庁所在地は徳島市で、2025年4月時点の人口は約68万人。全国的な人口減少の流れの中で、1955年の統計開始以来もっとも少ない数字を記録しています。
県土の約8割は山地が占め、豊かな自然に恵まれた土地です。北部には四国最大の河川である吉野川が流れ、その流域に肥沃な平野が広がっています。南部と西部は山地が多く、那賀川や勝浦川などが山間を縫うように流れています。東部は紀伊水道に面した海岸線が続きます。
黒潮の影響で比較的温暖な気候が特徴。夏は高温多湿で台風が頻繁に通過しますが、冬は沿岸部で穏やかな日が多く、山間部でも積雪は限られています。四季を通じた自然の変化が、農業や漁業の営みを支えてきました。
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Access
徳島県へのアクセス
飛行機でのアクセスが便利です。徳島阿波おどり空港には東京の羽田空港から直行便が1日10往復運航されており、所要時間は約1時間10分。福岡からも日2往復の便があります。空港は徳島市街地から約13kmの距離で、バスやタクシーで約20分です。
鉄道を利用する場合、東京からは東海道新幹線で新大阪まで約2時間30分、そこからJR高徳線の特急うずしおに乗り換えて徳島まで約2時間30分。合計で5時間半から6時間ほどかかります。大阪からはJR在来線で約2時間半、または高速バスの利用も便利です。
東京からは夜行の高速バスも選択肢のひとつ。約9時間で到着するため、移動中に睡眠をとれるのが利点です。大阪や神戸からも高速バスが頻繁に運行されています。
県内の移動はJR四国の路線と路線バスが中心になります。山間部ではバスの本数が限られるため、事前に運行スケジュールを確認しておくとよいでしょう。観光地によってはバスツアーやタクシーの活用も検討してみてください。
地元自慢
特産品
温暖な気候と吉野川流域の肥沃な土壌に恵まれ、古くから農業が盛んな地域です。柑橘類をはじめとする果樹や野菜の栽培に加え、紀伊水道の豊かな漁場から揚がる水産物も名産として親しまれています。激しい潮流に揉まれて育つ海の幸は身が引き締まり、独特の風味を帯びているのが特徴。
江戸時代には藍染めの原料となるタデアイの栽培が全国最大規模に達し、藍関連の産業が地域経済を支えました。その伝統は途絶えることなく、手漉きの和紙や陶器など、地域に根ざした工芸品として今も息づいています。
食べ物
工芸品・その他
Through the ages
徳島県の歴史
徳島の歴史は、古代の律令制のもとで阿波国(あわのくに)として始まります。忌部氏が麻や楒を栽培し、織った布を朝廷に献上していたとされ、繊維にまつわる産業の芽はこの時代にはすでに生まれていました。中世には室町幕府の有力者であった細川氏が守護を務め、勝瑞城を中心に栄えています。
1585年、豊臣秀吉の家臣・蜂須賀家政が阿波に入り、徳島城を築きました。家政は城下町を整えただけでなく、1615年に播磨から藍作の技術者を招き、1625年には藍の栽培と製造を管理する藍方役所を設置。吉野川は定期的に洪水を起こしますが、新たな土砂が流れ込むことで連作障害が起きにくく、藍栽培にとって理想的な環境でした。江戸時代を通じて歴代藩主が保護・奨励を続けた結果、1700年代には阿波藍が全国市場を席巻。最盛期には作付面積が1万5000haに達しました。蜂須賀家は約25万石の大名として、幕末まで約280年にわたり藩を治めています。
明治後半に入ると、安価なインド藍と合成染料の輸入によって藍産業は急速に縮小しました。しかし藍とともに育まれた文化は残っています。盆踊りを起源に約400年の歴史を刻む阿波踊りは、今も毎年8月12〜15日に開催される国内最大規模の踊り。1871年の廣藩置県で徳島藩は徳島県となり、その名は城の所在地に由来しています。