
茨城県
Ibaraki
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茨城県の概要
太平洋と関東平野に抱かれた茨城県は、雄大な自然景観と深い歴史が隣り合う土地です。日本三名園に数えられる偕楽園、丘一面を染める花畑、落差120mの名瀑、そして万葉集にも詠まれた名峰と、見どころの振れ幅の大きさがこの県の持ち味。東京から特急で1時間余りというアクセスの良さも見逃せません。
偕楽園と水戸の梅まつり

水戸市の中心部にある偕楽園は、金沢の兼六園、岡山の後楽園と並ぶ日本三名園の一つです。1842年に水戸藩第9代藩主の徳川斉昭が「領民と偕に楽しむ」という理念のもと造営しました。園内には約100品種3,000本の梅が植えられており、早咲きの品種は1月下旬から花を開き始めます。

毎年2月中旬から3月下旬にかけて開催される水戸の梅まつりは、120年以上の歴史を持つ茨城最大の春の催しです。紅梅と白梅が織りなす景色のなかを歩けば、甘い梅の香りが漂ってきます。園内の好文亭からは千波湖を一望でき、梅林と湖面を同時に楽しめる眺望も見事。夜間にはライトアップが施され、昼とは異なる幻想的な雰囲気を味わえます。
国営ひたち海浜公園

ひたちなか市の太平洋岸に広がる約215ヘクタールの広大な公園で、四季折々の花風景が訪れる人を迎えます。なかでも4月下旬から5月にかけて、みはらしの丘を約530万本のネモフィラが青く染め上げる光景は圧巻。空と花の境目が溶け合うような一面のブルーは、SNSを通じて海外にも広く知られるようになりました。

秋には同じ丘を約3万2千本のコキアが真紅に彩り、夏の緑から紅葉へと移りゆくグラデーションも見ごたえがあります。花畑のほかにも遊園地エリアやサイクリングコースが整備されており、家族連れで一日過ごせる公園です。太平洋を望む開放的なロケーションも、この公園ならではの魅力といえるでしょう。
袋田の滝

茨城県北部の大子町にある袋田の滝は、高さ120m、幅73mの岩壁を四段に分かれて流れ落ちる日本三名瀑の一つです。四段の岩肌を水が滑り落ちていくさまから四度の滝とも呼ばれ、西行法師が「四季に一度ずつ訪れなければ真の風趣は味わえない」と称えたという言い伝えが残っています。
観瀑トンネルを抜けた先にある第1観瀑台では、目の前に迫る滝の迫力を間近に体感できます。エレベーターで上がる第2観瀑台からは滝の全景を見渡すことができ、角度の異なる二つの展望を楽しめるのがこの滝ならではの楽しみ方。秋は紅葉に彩られた渓谷美が格別で、厳冬期には滝全体が凍結する氷瀑が姿を現すこともあります。
筑波山

標高877mの筑波山は、日本百名山のなかで最も標高が低い山として知られています。万葉集に25首も詠まれた名峰で、男体山と女体山の二つの峰が並ぶ双耳峰の姿は関東平野のどこからでも目を引く存在。山頂までケーブルカーやロープウェイで気軽にアクセスでき、登山初心者にも親しまれています。
女体山の山頂からの展望は格別で、関東平野を一望しながら、晴れた日には富士山やスカイツリーまで見渡せます。中腹には筑波山神社が鎮座し、縁結びのご利益があるとされるガマ石や弁慶七戻りなど、奇岩怪石を巡るハイキングコースも人気。秋の紅葉シーズンには夜間ライトアップが行われ、暗闇に浮かぶ色づいた木々と眼下に広がる夜景の共演を楽しめます。
位置
茨城県の場所
茨城県は関東地方の北東部に位置し、東側は約190kmにわたって太平洋に面しています。県庁所在地は水戸市。2024年時点の人口は約280万人で、全国では11位前後の規模です。
県土の大部分は関東平野の北東端にあたる広大な平地。北西部には標高877mの筑波山や八溝山地がそびえ、南部を利根川が流れるなど、平坦な地形のなかにも変化に富んだ自然が見られます。県の中央部から南部にかけては、琵琶湖に次ぐ日本第2位の面積を持つ霞ヶ浦が広がり、水辺の風景も県の大きな魅力のひとつです。
気候は太平洋側気候に属し、夏は南東からの海風の影響で高温多湿になります。冬は北西の季節風が乾いた晴天をもたらし、降雪はまれ。関東の中でも日照時間が長く、年間を通じて比較的穏やかな気候に恵まれた地域です。
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Access
茨城県へのアクセス
茨城県には県央部に茨城空港があり、国内線のほか台湾や中国方面への国際線も就航しています。空港から水戸市内まではバスで約40分。また、県の南端は成田空港にも近く、圏央道を利用すれば車で約1時間でアクセスできます。
鉄道では、JR常磐線が県の南北を貫く主要路線です。東京の上野駅から特急ひたちに乗れば水戸駅まで約1時間10分、日立駅までは約1時間30分で到着します。県南部のつくば方面へは、秋葉原駅からつくばエクスプレスで最速約45分。都心からの日帰り圏内にあるのも茨城の利点でしょう。
県内の移動は車が最も便利です。主要な観光地を効率よく巡るなら、レンタカーの利用がおすすめ。水戸市内やつくば市内であれば路線バスやコミュニティバスも走っていますが、県北部の袋田の滝周辺や海沿いのエリアでは公共交通の本数が限られます。事前にダイヤを確認しておくとよいでしょう。冬場は内陸部で路面凍結が起きることがあるものの、降雪量自体は少なく、通年で運転しやすい地域です。
地元自慢
特産品
関東平野の肥沃な大地と温暖な気候を生かし、茨城県は全国屈指の農業県として知られています。農業産出額は全国3位前後で、広い平野部では葉物野菜や根菜類を中心に多種多様な作物を栽培。生産量日本一の品目が複数あり、首都圏の食卓を支える一大供給地としての存在感は大きいでしょう。太平洋に面した海岸線では沿岸漁業も盛んで、冬場を代表する深海の味覚や小魚の水揚げが各漁港を活気づけています。県北部の清流では川魚の漁も行われ、海と川の両方から水産物が届く恵まれた土地です。古くからの窯業や絹織物の伝統も根づいており、手仕事の文化が農水産物とはまた異なる彩りを添えています。
食べ物
工芸品・その他
Through the ages
茨城県の歴史
茨城の地には古くから人が暮らし、律令制のもとでは常陸国と呼ばれていました。8世紀初頭に編纂された常陸国風土記は現存する風土記のなかでも記述量が多く、当時の自然や風俗を生き生きと伝える貴重な史料。風土記によれば、茨城の名は土地の賊を退治するために茨の城を築いたことに由来するとされています。平安時代から鎌倉時代にかけては武士団が台頭し、県北部を中心に佐竹氏が勢力を広げました。
戦国時代を通じて常陸を支配した佐竹氏は、関ヶ原の戦いで西軍寄りの態度をとったために秋田へ転封されます。代わって水戸に入ったのが徳川家康の十一男、徳川頼房。水戸徳川家は御三家の一つとして幕政に影響力を持ちましたが、なかでも第2代藩主の徳川光圀は後世に強烈な印象を残した人物です。光圀が主導した大日本史の編纂は、史実に基づいて国の成り立ちを明らかにしようとする壮大な試み。この事業は水戸学と呼ばれる学問の潮流へと発展し、尊王攘夷思想の源流として幕末の志士たちに大きな影響を与えています。光圀が設けた彰考館での編纂作業は藩を挙げての一大事業で、完成までに約250年を要しました。
明治4年の廃藩置県で、水戸藩を中心にいくつかの藩が統合されて茨城県が誕生。県名は県庁が一時置かれた茨城郡に由来し、先に触れた風土記の伝承に遡る由緒ある地名です。近代以降は農業県としての基盤を固めつつ、戦後は東海村に日本初の原子力研究所が設置されるなど、科学技術の拠点としての顔も持つようになりました。つくば市に集積した研究機関群は1985年の国際科学技術博覧会を機に広く知られるようになり、学術研究都市としての地位を確立しています。