
福岡県
Fukuoka
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福岡県の概要
福岡県には、歴史と文化、自然が織りなす数多くのスポットがあります。学問の神様を祀る全国の天満宮の総本宮、約800年の歴史を持つ夏祭り、水郷の風情、そして春夏秋冬の表情を映す島。それぞれが、福岡の奥深さを伝える物語を持っています。
太宰府天満宮

全国約10,000社の天満宮の総本宮で、学問の神様・菅原道真を祀る福岡県を代表する社です。参道を歩けば、両側から梅ヶ枝餅の焼ける香ばしい匂いが漂ってきます。古代の「遠の朝廷」として栄えた歴史の地でもあり、周囲には国宝や重要文化財に指定された寺院も多く、一帯を歩き回るだけで古代から現代までの福岡の奥行きを感じられるでしょう。
博多祀園山笠
毎年7月1日から15日にかけて開催される、約800年の歴史を持つ夏祭りです。起源は1241年までさかのぼり、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。最終日の早朡4時59分に始まる「追い山笠」では、七つの流が1トンを超える華麗な山笠を担ぎ、約5km の距離を疾走します。その迫力と美しさは、福岡の夏を象徴する光景です。
柳川

「水郷」として知られる柳川の町では、どんこ船での堀割めぐりが名物になっています。狭い船に身を寄せ、古い町並みの上を滑るように進む経験は、時間をさかのぼったかのような感覚をもたらします。訪れた人たちの楽しみの一つが、地元で愛されるうなぎのせいろ蒸しです。白焼きのうなぎをご飯と一緒に蒸したその一品は、シンプルながら深い味わいを持っています。
能古島

福岡市からフェリーで約10分の能古島は、のこのしまアイランドパークを中心とした自然豊かなスポットです。春には菜の花が一面を黄色く染め、秋にはコスモスが優雅に揺れます。島全体が季節の移ろいを映す庭園のような場所で、都市部からのアクセスの良さとは裏腹に、いつもどこか穏やかな時間が流れています。
行き先
福岡県で訪れたい場所
福岡県を代表するスポットと体験。
神社仏閣
1 place位置
福岡県の場所
福岡県は九州地方の北部に位置し、三つの海に面する大きな県です。玄界灘、周防灘、有明海に囲まれ、脊振山地や英彦山などの山々が連なる一方で、筑紫平野には九州最大級の平坦地が広がります。人口約510万人で九州最大。県庁所在地の福岡市は政令指定都市であり、ここ数年の人口増加数では全国トップクラスの勢いを見せています。
温暖な気候が福岡県の大きな特徴です。年平均気温は15.5℃~16.5℃で、冬の積雪はほぼなく、年間降水量は1,600~1,900mm に恵まれています。この気候と地形が、農業、漁業、工業の発展を支えてきました。古くから東アジアとの交易が活発で、現在も国内外との結びつきが強い地域です。
歴史の舞台としても福岡県は息づいています。太宰府は古代の「遠の朝廷」と呼ばれた九州の政治・文化の中心であり、遣唐使の出発地でもありました。中世には博多が東アジアとの交易港として栄え、江戸時代には福岡と博多の二つの顔を持つ街並みが形成されました。
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Access
福岡県へのアクセス
福岡空港は福岡市の中心部に非常に近く、地下鉄空港線で博多駅までわずか5分です。国内線ターミナルの直下に駅があるため、到着してすぐに市内へ向かえます。東京からは新幹線のぞみで約5時間、飛行機なら約2時間。大阪からは新幹線のぞみで約2時間30分の距離です。
県内の移動には福岡市地下鉄、西鉄バス、西鉄電車が便利です。太宰府へは福岡市の天神から西鉄で約30分。各地への交通網が充実しており、どのエリアへも比較的スムーズにアクセスできます。ただし、梅雨と台風シーズン(6月~9月)は降水量が増える時期です。この季節の訪問を予定する際は、天気予報をこまめにチェックしておくと安心です。
地元自慢
特産品
福岡県の産業の土台は、温暖な気候と豊かな水に支えられた農業です。筑後平野から筑紫平野にかけて、茶、野菜、いちご、果物など多彩な農産物が栽培されています。山間部の霧と昼夜の気温差は、高級茶の生産に適した環境をもたらしています。海ではどうでしょう。有明海での海苔養殖、博多湾や玄界灘での漁業も盛んで、新鮮な海の幸が毎日の食卓を彩ります。工業面では伝統工芸が脈々と受け継がれており、織物や絣、素焼き人形といった工芸品は海外でも高く評価されています。
食べ物
工芸品・その他
Through the ages
福岡県の歴史
古代、この地は筑前国と筑後国に分かれていました。太宰府は「遠の朝廷」と呼ばれた九州の政治・文化の中心であり、唐や新羅との外交・貿易の最前線でした。遣唐使たちはここから船出し、東アジアの文化を日本にもたらしました。663年の白村江の戦いで敗れた後、唐の侵攻に備えて大野城や水城といった防衛施設が筑紫に築かれました。
中世から江戸時代へ。博多は東アジアとの交易港として大いに栄え、町人文化の中心地となりました。元寇の時代には、文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)の脅威に直面しました。その後、博多湾沿岸には約20km にもおよぶ石垣の防塁が構築され、当時の緊迫した時代を物語っています。江戸時代、関ヶ原の戦いの後に黒田孝高・長政父子が筑前52万石で入国すると、福岡城が築城され、城下町としての「福岡」が開かれました。博多は町人の街、福岡は武士の街という、二つの異なる顔を持つ独特の都市構造が誕生したのです。
明治以降も福岡県はアジアとの結びつきを絶やすことなく、近代化の道を歩んできました。博多港と福岡空港を通じた国際交流は今も活発で、古代から続く大陸との縁は形を変えながら生き続けています。